ねんどうな人たち。インタビュー

参加者の真剣な表情は、被写体として最高の魅力

石原 秀樹 さん

1968年 大阪府生まれ 大学卒業後 スタジオ勤務を経て 2000年 石原写真事務所を設立。オレンジページ広告賞 準グランプリ(2005年)、神奈川新聞広告賞 特別賞(2009年)など実績多数。写真という表現方法でどれくらいの人々の心を動かせるかを考えて現場に立つのがポリシー。

本サイトのトップページを飾る、粘土作品を持った数々の笑顔。粘道のワークショップの価値を、何よりも物語ってくれていると自負しています。その写真を撮影していただいているフォトグラファーの石原秀樹さんに、粘道との関わりの経緯や、粘道のワークショップの撮影で考えていること、感想などについてインタビューしました。

広告からスポーツチームまで幅広い引き出し

――まず、石原さんのご略歴をお教えください。

石原 小学生の頃に父親のカメラを手に取ってから写真を撮ることが好きになり、高校、大学では写真部に入って活動していました。大学は電気工学科に進学していて、就職活動ではメーカーなどから引く手あまただったのですが、写真に関わる仕事がしたいと、フォトライブラリー(レンタル写真)会社に決めたのです。理系の学部に入れて期待してくれた両親には申し訳ないことをしました(笑)。

入社後は営業職に就きましたが、やはりカメラマンになりたいと思い、1年弱で写真部の先輩を頼ってプロカメラマンのスタジオに転職しました。そこは3人のカメラマンと2人のアシスタントがいて、私は一番下のアシスタントです。そのスタジオは広告の仕事が多く、商品やモデルなどを撮影していましたが、いろいろな仕事があって勉強になりました。

しかし、6年経ってもなかなかアシスタントから脱却する機会が得られなかったので、30歳の時に独立する先輩カメラマンに付いて自分も出ることにし、その先輩のアシスタント半分、カメラマンとしての仕事半分という形でスタートを切りました。

――以来、四半世紀近くカメラマンとして活動されています。これまでどういった仕事をしてこられたのでしょうか?

石原 やはりスタジオでの広告の写真撮影が中心でしたが、料理の撮影とか、取材物の撮影も少なくありませんでした。堅いところでは、企業の統合報告書とか、中央官庁の仕事もしたことがあります。そんな中で、2010年から知人の紹介でアメリカンフットボールの社会人チームであるオービックシーガルズの仕事をするようになりました。そこで、コーチを務めていた大野さんと知り合ったわけです。

――広告や取材と、スポーツチームの撮影は全く違うのでしょうね。

石原 違いますね。広告は、光や背景、小道具などを駆使して求められたイメージを一から創り上げていく難しさ、面白さがあります。当方の技量でコントロールしなければならない緊張感と醍醐味があるのです。一方、スポーツの試合でこうしたコントロールは不可能です。誰をどんなフレーミングで撮るかを決めるだけで、あとは戦況を読み、カメラポジションと画角に集中する。高速で動くものをいかに捉えるか、高度な技術が要求されます。それぞれの緊張感の種類が違いますね。でも、おかげで自分の引き出しの幅を広げることができました。

粘土造形を真剣にやっている参加者の表情が印象的

――その大野が、粘土造形を始めたのを知ってどう思いましたか?

石原 びっくりしました(笑)。シーガルズのコーチを辞められた後もフェイスブックで繋がっていましたが、ある時、粘土作品が投稿されているのを見て、そのクォリティにも驚いたのです。料理のサンプルでしたが、粘土でよくつくっているなぁと感心しました。まさか、その粘土造形を仕事にするとは思っても見ませんでしたが(笑)。

――粘道のワークショップをスタートさせて、その宣伝に使うためにちゃんとした写真を用意しようと石原さんにお願いすることにしました。最初は2020年末の大手町での社会人向けのワークショップでした。実際に撮影して、どんな感想を持ちましたか?

石原 大野さんからは、イベントの流れを切り取ってほしいといった大まかな要望を頂いただけでしたから、あとは自由に撮らせてもらいました。一番印象的だったのは、粘土造形を真剣にやっている参加者の表情です。また、粘土造形をつくっている手の動きも撮りたいと思い、グッと被写体に近寄らせてもらいました。普通のレンズで近寄るとさすがに作業の邪魔になるので、望遠レンズにしましたが、それでも2mから1mまで近づいて撮ったと思います。カメラの圧迫感を感じる距離だと思うのですが、皆さん凄く作業に集中していましたね。その後のワークショップではお子さんもたくさん撮りましたが、子供はカメラなんて全く意識していなかったと思います。それぐらい夢中になってやっていましたね。

粘土には人間の創作本能を引き出す力がある

――大手町の後は、2021年に新習志野で開催したフルーティストの林愛実さんとピアニストの原礼以菜さんとのコラボイベント、次は流山のmachiminで行った8日間のジャック、次はBBT大学での大人向けイベント、直近では幕張で行った大掛かりな親子イベントと、いろいろ撮影して頂きました。

石原 大人から子供まで、中には高齢の方もいましたが、皆さんに共通しているのは、先ほども言ったとおり集中して粘土細工に取り組んでいることです。粘土には、何か人間の創作本能といったものを引き出す力があるのではないかと思いますね。カメラを意識していないので、真剣に取り組む魅力的な表情がたくさん撮れたと思います。

印象に残っているのは、粘土で漢字をつくるというワークショップです。どんな漢字にするかを考えることと、その漢字を粘土でつくるという2つの作業が必要だったと思いますが、それだけに文字を“書く”ということへの思い入れの強度が違うように感じました。非常に面白い試みだと思いましたね。

――ありがとうございます。撮影で工夫されたこととしては、どういったことがありましたか?

石原 その場の空気感を表現したいと思って、ピントをなるべく浅くして、表情や指先に合わせた焦点以外はぼかす撮影をしました。専門的な言葉では、「被写界深度を浅くする」と言うのですが。しかし、それだと指先は間断なく動くので焦点がズレやすいんです。なのでたくさんシャッターを押して、いいものを選ぶようにしました。

前向きな気持ちになれる効用がある

――カメラマンにとって、広告などの撮影と粘道のワークショップの撮影との違いには、どんなことがあるのでしょうか?

石原 いろいろありますが、まず思うのは、同じ人物を撮るのでもモデルと参加者が大違いですね。プロのモデルは、その広告の狙いどおりの表情をつくることができます。人というより、物に近い感覚があるんです。一方、ワークショップの参加者は、集中していたり、うまくいかなかったりという時に見せる、心底自然な表情がありますよね。そこが非常に面白いと感じます。そして、最後に参加者の親子を記念写真風にカメラ目線で撮る時は、こちらは何も言わないのに、もういい笑顔になっている。子供のほうは、作品を持って「どうだっ!」って言わんばかりに自信に溢れていたり、ちょっと照れ笑いだったり。親御さんの表情も、とっても満足そうです。作業中の真剣な表情とのギャップが、とてもいいですよね。

――このワークショップには、どんな意義があると感じますか?

石原 参加者の皆さんを見ていると、前向きな気持ちになれる効用があるのかな、と感じます。作品をつくった達成感が、人生を前向きなものにしていく力があるのかという気がしますね。小さな達成感かもしれませんが、続けることで大きな力になるのではないでしょうか。指先への刺激が脳にもいい作用があると聞きますが、納得できる気がします。

――改めてですが、シーガルズ時代の大野と今の大野の違いをどう感じているのでしょうか?

石原 シーガルズは社会人が土日を使って練習していて、分刻みのスケジュールなので大野さんともゆっくり話をする機会はありませんでした。コーチとしての大野さんは、体がゴツくて大声で指示を飛ばしている、厳しい人というイメージでした。そんな大野さんが、180度違うような粘土造形をやられているわけです。でも、正直言うとそれも大野さんなのだ、と思い直しました。性格的には繊細な人だったのだと。外見とは違いますが(笑)。

石原 秀樹 Hideki Ishihara

1968年 大阪府生まれ 大学卒業後 スタジオ勤務を経て 2000年 石原写真事務所を設立。オレンジページ広告賞 準グランプリ(2005年)、神奈川新聞広告賞 特別賞(2009年)など実績多数。写真という表現方法でどれくらいの人々の心を動かせるかを考えて現場に立つのがポリシー。