ねんどうな人たち。インタビュー

粘土は人間性を育てる完璧な素材

石塚 百合子

学校法人あおい第一幼稚園園長 東京都多摩市出身。1973年東京保育専門学校卒業後、葵保育園にて保育士として勤務。同園園長の長男と結婚。1990年明星大学人文教育学部通信学科卒業。同年、葵保育園から学校法人あおい第一幼稚園へと移行。園長として園運営に携わる傍ら、2014年に白梅学園大学大学院修士課程修了。

園庭にビオトープや池、畑、花壇などがあり、様々な昆虫やカエル、メダカ等が生息しています。また園内には数種の小動物が飼育されています。園児たちはそんな自然環境に接しながら、園庭で泥まみれになって遊んだり、時には大量の彫塑粘土で思い切り感触を味わい、表現の芽を育んでいます。そんな特徴的な幼児教育を行っている、東京都府中市のあおい第一幼稚園。その園長である石塚百合子さんに、教育方針や素材としての粘土の魅力などについて伺いました。

人間性豊かでたくましい幼児を育てる

――まず、貴園の沿革からお教えください。

石塚 1952(昭和27)年に、先代の園長がこの地で葵保育園を開業したのが始まりです。戦後の復興が進んでいた当時、親は忙しく働いていて子供の面倒を見る人がおらず、多くの子ども達が近所をウロウロしていたようです。先代の園長は一介の主婦でしたが、見かねて保育園を始めることにしました。1973年に私が保育士として就職し、その翌年に同保育園に務めていた園長の長男と結婚、今に至ります。
 1990(平成2)年に葵保育園は、学校法人あおい第一幼稚園に移行しました。保育園を辞めたいきさつは、公的補助を受ける性質上書類作成にかなりの時間がとられ、指導監査で問われる内容も、補助金の使い道や園児と職員の数といったことが多く、保育の質について問われることがほとんどありませんでした。そうした状態に違和感を覚え、保育にもっと力を注ぎたいとの一心で幼稚園として再出発することにしました。
 現在は、3学年で190名の園児が通っています。

――教育理念はどのようなものでしょうか?

石塚 本園の保育目標としては、「人間性豊かでたくましい幼児を育てる」というものです。「たくましい幼児」とは、「元気に遊ぶ子ども」「思いやりのある子ども」「自分で考えて行動する子ども」です。この達成のために、「健やかに」「仲間と共に」「自然の中で」「創造的に」「心豊かに」育つことができる環境づくりに力を入れています。
 園庭にはクヌギ、センダンムクロジなどの落葉高木、カキ、サクランボ、ビワ、アンズなどの果樹、更にクワ、モミジ、サクラ、芭蕉等季節を彩る植栽を数多く植え、収穫を楽しんだり夏の日差しから身を守り、落ち葉を遊びに利用し最後は、たい肥にして畑にまいたりと、余すところなく植物の恵みを享受しています。また畑、花壇には子どもたちが花摘みができたり、野菜を育て食べたりできる大切な体験の場となっています。タマムシなど今では珍しい昆虫もやってきます。池には毎年ヒキガエルが卵を産みに来て、新学期の子ども達を癒してくれます。また、ウサギやヤギ、カメ、モルモットなどの動物、ビオトープには鯉、ザリガニ、メダカ、ヤゴなどが生息しています。
市街地に暮らす園児達にとって、このような生き物との出会いは本当に貴重で、こうした自然に接し、園庭で泥だらけになって遊ぶ経験が感性を磨き、命の根っこを張るきっかけになってほしいと願っています。また彫塑粘土やぬたくり、たくさんの素材経験や道具を使ってもの作りなど、家庭ではできないダイナミックな経験は、問題解決能力を高め、成功体験を経て自己肯定感を高めるであろうと思っています。

自然の一端に触れてほしいとの思い

――そういった教育を実践されている理由をお教えください。

石塚 「あおい第一幼稚園」の名前の由来は、先代の理事長が徳川御三家のあった水戸の出身であったことによります。それだけに以前は質実剛健的な教育指向があり、ドリルやワークブックでのお勉強や鼓笛隊などに力を入れていました。それを、私が園長に就任後見直し現在の保育内容に変えたのです。35年ほど前から、自然がどんどん失われていき、環境が一変し、危機感を覚えました。私は現在の多摩市で生まれ育ちましたが、多摩ニュータウンができる前、辺りは里山が広がり、様々な生き物たちと触れ合いながら過ごしました。今でも鮮明に残る心躍る毎日でした。そんな原体験があるので、園児たちにも自然の一端に触れてほしいと願いました。また私は幼稚園等に通わなかったので、既成概念がなかったことも功を奏したと思いますし、夫である理事長も面白がって賛成してくれました。彼のほうが環境変化の厳しさをよく知っているからだとも思います。

――では、粘土あそびについて、どのように行っているのかをお教えください。

石塚 彫塑用の粘土を園児1人あたり3㎏ほど用意し、それを6つぐらいの大きな塊にして、1クラス約30人の園児が5人ぐらいずつに分かれてみんなで好きなものをつくるという内容です。わーわーと声を上げながら手や足を使って自由に何かをつくっています。
余談ですが、「何をしたっていいよ」と言うと、ある子がお団子をつくって天井に投げました。すると、ピタッと天井にくっつき、少しするとポトッと落ちてくるんです。これが面白いとみんながやり始めて大変なことになりました。けれども、「何をしたっていいよ」と言った手前、やめなさいとは言えず(笑)。それでも、大人が想定していなかった遊びを子どもたちが見つけたわけです。自然物である粘土は、自然環境に恵まれない市街地に暮らす子どもたちの心を育てる絶好の素材であると思います。良い素材というのは様々な可塑性を持ち、子どもの遊び心を引き出し高めてくれるものだと思います。その点で子どもたちにとって本当に理想的な教材であると思います。

床に広げてみんなで遊ぶ方法を工夫

――彫塑用の粘土を採用した理由とは?

石塚 私が着任した時、園では教育用の油粘土を使っていました。しかし、独特の臭いがして、昼食になっても粘土の臭いがして、違和感がありました。
私は半世紀前から「保育と表現研究会」という保育士の集まりに参加しておりますが、そこで彫塑用の粘土の存在を知りました。さっそく取り寄せてみると、ツルッとした触感に、子どもの頃に川遊びをしていて苔が付いた石を踏んだ時の感覚が懐かしく蘇りすっかり気に入ってしまいました。そこで、この彫塑粘土を使った現在のプログラムを思いついて実践してみたのですが、机につくとなかなか剥がれず片づけるのが1時間半ぐらいかかってしまったのです。どうすれば子どもたちが伸び伸びと粘土遊びができるか考えあぐね、そのことを「研究会」で話すと、たまたま参加されていた中川織江先生が「いい方法を教えてあげる」と。中川先生は『粘土遊びの心理学』や『粘土造形の心理学的・行動学的研究』という著書がある教育研究者で、「保育と表現研究会」のメンバーの知人でした。そのいい方法というのは、ビニールシートを敷いた上にベニア板を置き粘土を使う、彫塑粘土は密閉できる大きなバケツで保存するといったことで、後日そのシートやバケツを寄付してくださいました。これにより粘土遊びが飛躍的にやりやすくなったのは言うまでもありません。
 彫塑粘土は毎年200㎏ぐらい補充しています。全部で500kg以上はあるでしょうか。

――そのプログラムで工夫していることはありますか?

石塚 こんな楽しい遊びは、保護者にも参加してもらいましょうと思い声を掛けました。
園児たちと一緒になって遊び、片づける時はテキパキと短時間で済ませてくれるので大助かりです。保護者は当園の保育目標に共感してくれている方々ばかりですから、この彫塑粘土にもいつも3分の2から2分の1の保護者が喜んで参加してくれます。

家庭ではできない創造性が幼稚園の意義

――子どもたちの反応はいかがですか?

石塚 このプログラムは月1回行っていますが、「明日は粘土やりまあす」と担任が言うと、「うわー!」と盛り上がります(笑)。「おしまーい」と言っても、やり続ける子も……。みんな目をキラキラさせて楽しんでいますよ。

――この彫塑粘土によるプログラムの効用について、どのようにお考えでしょうか?

石塚  当園での粘土遊びは、床に大きなベニア板を並べ、大量の彫塑粘土の塊を置いて手や足を使って楽しむやり方です。粘土に触り感触を味わうことが最大の目的ですが、みんなで共同の大きなものをつくったりもします。一人でも仲間と一緒でも、細かい造形も、ダイナミックな共同制作もオールマイティに楽しむことができます。参加した保護者も無心に粘土の感触を味わっている姿が見られます。
新入園児の中には、汚れることを嫌って触ろうとしない子どもがいます。
無理に誘わず他の子どもが遊んでいるところを見るだけでも充分だと思います。きっとそのうちやり始めるはずだからです。粘土は、臭いもなく万一口に入れてしまっても害はありません。当園では彫塑粘土だけでなく、段ボール、空き箱なども使っていますが、それら応答的素材の中でも彫塑粘土は感触が本当に素晴らしく子どもの意思を引き出す教育素材として完璧である、と確信しています。

――ありがとうございました。

石塚 百合子 Yuriko Ishiduka

学校法人あおい第一幼稚園園長 東京都多摩市出身。1973年東京保育専門学校卒業後、葵保育園にて保育士として勤務。同園園長の長男と結婚。1990年明星大学人文教育学部通信学科卒業。同年、葵保育園から学校法人あおい第一幼稚園へと移行。園長として園運営に携わる傍ら、2014年に白梅学園大学大学院修士課程修了。

ねんどうな人たち。

なぜ人は粘土に向かうのだろうか。子どもにかぎらず、成人までもが粘土に向かうようだ。
そこには「玩具としての粘土」だけではない何かがあるに違いない。
人は何を機に粘土を手にとり、何を求めて粘土と向き合うのか。
粘土に向かう人たちを”ねんどうな人たち” と勝手に名付け紹介していきたい。