連載#16 「土でつくったクレヨン」

ラッキーなぐうぜんが重なって、「土からつくったクレヨン」があることを知った。
それは北海道の原野でつくられている。伊藤さんという女性が、廃校になった小学校の一部を改造し、そこで、ナベに「土」と水を入れ、こして、乾かした微細な土を、蜜蝋に混ぜてこねて、クレヨンを手作りしているという。

今夏、旅行中、釧路駅前でバス待ちをしていたとき、駅舎からとつぜん大量の真っ黒い煙が立ちのぼった。火事だっ。走る間もなく、黒い煙は白い煙になり、シューとおさまった。それは、「ノロッコ号」が、ちょうど駅に到着したのだった。
冬になると、SL「冬の湿原号」が走る。
SLのススからつくった「煙色のクレヨン」もあるというから面白い。石炭燃料の燃えカスをかき集めて、ふるいにかけて、煙色のススをとる。それを蜜蝋に練りこんでクレヨンにする。観光時期だけの列車だから、湿原号が走らなくなったらクレヨンは売り切れだ。それでなくても「スス」は少量で、クレヨンは、たくさんは作れない。

「土のクレヨン」がほしい。つくっている現場を見たい。ぜひ訪ねたい。
住所は、「標茶町……原野……番地」。カーナビが誤作動することがあるらしい。
わたしは、カーナビより誤作動より、住所の「原野……」のほうが気になった。
とはいえ、元小学校があった場所なら、公共の交通手段があるはず。電車やバスを乗りついで行こう。
明朝目覚めたらすぐ出かけるつもりで、ルートを調べたところ、
一番近い駅からでも、歩いて翌日までかかる。とても歩ける距離じゃない。
それにヒグマが出るし、キタキツネや野犬もたくさんいる。エゾ鹿なんか家族連れでぞろぞろ線路をわたっていく。
「ヒト」が原野を歩くのは、「エサ」が歩いているようなものだから、「原野を歩く女、クマにたべられた」ニュースになるかもしれない。
クマの口にのみこまれ、半分になった自分のすがたが目にうかび、ギョッとわれにかえったところで、現地訪問をあきらめた。

よく考えたら、相手は、わたしのクレヨン見学の計画を知らないどころか、会ったこともない。わたしは相手の電話番号を知らず、メールは打ったけれど返信はまだない。

どうも「粘土・土」の文字を見たり聞いたりすると反射的に飛びつくクセがある。珍しい「土クレヨン」を知って、ひとり盛りあがり、けっこう楽しかった。

その後何日かして、メール返信があった。
結局、「土クレヨン」は東京の自宅へ郵送してもらった。それが下記の写真で、5色ある。
黄土、赤土、茶土、黒土、それと地元・虹別の土。
サイズは一辺1センチ、長さ3.5センチ。とても可愛らしい。

「10年続けると小さな歴史ができる」は、ほんとうだ。
後日知ったが、「土や植物からつくった自然色クレヨン」が、「ふるさと納税の返礼品」になっている。たった1人でつくり始め、10年続けて、町のお礼品に使われるまでになった。えらいなあ。
ご本人は一言もそんなことにふれない。わたしは、別ルートでこのことを知った。ますます感心してしまう。

電話やメールでやりとりする中で、彼女は言った。
「夏は、クレヨン売りにあちこち行くことが多いですが、冬はクレヨンづくりに励みます」。
今日も、ストーブにナベをのせ、土や、大根を輪切りにしたような木の幹、木の皮や根っこ、葉っぱ、花びらを入れ、箸でかき回しながら声をかけているにちがいない。「いいあんばいの色になってきたねえ」。
わたしもストーブで暖まりたいが、かの地はまもなく冬。難関だ。北緯43度の大地は、鉄板のようにガンガンに凍る。どうしたものか。思案するたび原野のほうから、「急がなくていい~、あわてるなぁ~、待ってるぞォ~」霧笛のような声がボオッーと響いてくる。

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ねんど博士 中川 織江

北海道出身。大学で彫塑を学び、大学院で造形心理学、 京都大学霊長類研究所でチンパンジーの粘土遊びを研究し、博士課程後期修了。
文学博士

職歴は、芹沢銈介(人間国宝)染色工房、デザイン会社勤務を経て、複数の専門学校・大学・大学院で講師、客員教授として幼児造形や心理学を担当。また、10年以上、全国教育美術展の全国審査員をつとめる。同時に、粘土遊びの魅力と大切さを専門誌に連載。

著書に、一般向けの『粘土遊びの心理学』、専門家向け『粘土造形の心理学的・行動学的研究』がある。ともに風間書房から出版。
現在、幼児の造形作品集の出版をめざして準備中。