連載#1「ねんど博士と名のるのは」自己紹介

わたしは、くにゅくにゅした粘土を手でつかみ、自由に形を変えながらつくるのが面白くて、長い間、彫塑や粘土遊びにかかわってきました。

美術造形は2つに分けられます。1つは、モニュメントや仏像のような立体的な造形で粘土遊びもそうです。もう1つは、画用紙やカンバスに描く絵、お絵描きで平面造形といいます。

突然ですが、チンパンジーがお絵かきをするって知っていますか。床に画用紙をおいてマーカーを差し出すと、チンパンジーはマーカーを手でつかんで、紙にグルグルと滑らかにけっこういい線を描きます。ちょうどヒトの2、3歳の子どもが描くようなタッチです。

では粘土遊びはするかしら?

誰にもわかりませんでした。させたことがないからです。「やりますッ」と勢いよく手を上げてしまったわたし。もしほかの人がやっていたなら、その方の話を聞いて「ヘー、そうなんだ」で終わっていたでしょう。
でもどんなに見渡しても、いつまで待ってもチンパンジーに粘土遊びをさせる人は現われませんでした。

「人間より上手につくることができる?」それはぜったいにあり得ない。では「おだんごの形をつくる?」「何かつくる?」「そもそも粘土にさわる?」
見当がつかない、わからないことだらけ。わからないからやってみよう。知らないことを知るのは楽しく、ワクワクする。

つい発した「やりますッ」の一言で、それから数年間、わたしは1キログラム入りの粘土を少ない時は4袋、多い時は8袋かかえて、東京から京都大学の霊長類研究所まで、チンパンジーに会いに、粘土遊びをしてもらうために通うことになりました。

やがて、わたしは、“Clay Lady(ねんど女)”と呼ばれ、チンパンジーに粘土遊びをさせる世界でたった1人の女性として紹介されるようになりました。今回、「ねんど博士」と名のるのは、こういう体験が元にあるためです。
おまけに、研究所の構内ですれちがった友人が、とつぜんわたしの顔をニコニコしてのぞき込み「あなた最近、チンパンジーに似てきたわねえ」。はあっ? とっさのことで黙ってしまいましたが、ゴリラ顔をした彼女にだけは言われたくなかった。

でもあんなに無邪気にあっけらかんと言ったのだから、ほめ言葉だったに違いない。長年いっしょにいる夫婦の顔が似てくるように、チンパンジーと二人三脚で頑張っているわたしへの応援メッセージだったと、今になってみれば理解できます。

とても魅力的で不思議な物質、「粘土」についてさまざま書いていきます。

実験室にて天才チンパンジー・アイと筆者。この回、木の太い箸を渡すと、アイは粘土をついて串団子のようにした。

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ねんど博士 中川 織江

北海道出身。大学で彫塑を学び、大学院で造形心理学、 京都大学霊長類研究所でチンパンジーの粘土遊びを研究し、博士課程後期修了。
文学博士

職歴は、芹沢銈介(人間国宝)染色工房、デザイン会社勤務を経て、複数の専門学校・大学・大学院で講師、客員教授として幼児造形や心理学を担当。また、10年以上、全国教育美術展の全国審査員をつとめる。同時に、粘土遊びの魅力と大切さを専門誌に連載。

著書に、一般向けの『粘土遊びの心理学』、専門家向け『粘土造形の心理学的・行動学的研究』がある。ともに風間書房から出版。
現在、幼児の造形作品集の出版をめざして準備中。