連載#4「応答的素材」だからストレス発散できる

ある園へ行ったとき、保育士さんが温かい笑顔で話してくれたことがあります。「行事などで忙しい、どうしても人手が足りないことがあって子どもたちに手が回らない。そういうときにさせる、とっておきの遊びがあるの。それはね、粘土遊び。長時間よく遊んでいてくれる。乾燥しにくい油粘土がいいわ」。「苦しいときの神頼み、忙しいときは粘土頼みね~」。

その通りで、お絵かきに比べて、子どもたちははるかに長時間、粘土で遊んでいます。

一枚の画用紙にペンで描きはじめて、紙いっぱいになり、描きこむ余白がなくなると「おしまい」となる。でも粘土遊びは、飽きるまで続けることができます。

また、ある私立小学校へ行ったときのことです。美術室の隅っこにバスタブが置いてある。ん、風呂に入る? フタをもち上げると粘土が半分ほど詰まっている。「粘土置き場」になっていたのです。

先生にうかがうと、「子どもたちはいつでもここで自由に粘土遊びをして良いことにしています」。休み時間に粘土で遊んでいるうち、つぎの授業の開始ベルが鳴る。でも、粘土遊びをしている子どもだけは遅れても大目に見ているという。放課後も「粘土遊びをしたい子には気がすむまでさせておきます」。

子どもは手でコネながら粘土に話しかける、粘土が応えてくれる、会話しています。子どもと粘土との話が終わるまで先生は待つ、何とえらい学校ダロウ。

心理学では、こういう性質をもつ粘土を「応答的素材」と呼んでいます。そっと力を加えると少しだけ凹む、げんこつで叩くとガバッとえぐれる、指を突っ込むと指形に小さく深く凹む、引っ張ると伸びる、もっと引っ張るとちぎれる……。弱くも強くも加えた力に応じて、粘土は変形して応答してくれます。手応えがあるからやりがいがある。思い通りになってくれる。形をつくって気に入らなかったら押しつぶせば、アッという間に土のかたまりに戻る。いつでも終りにできるのだ。そしてまたゼロからつくり始める。気がすむまで何回でもやり直せるのでプレッシャーはない、ぜったいに失敗しないから、ストレスがたまらないどころか、たまっているストレスが発散していく、心が自由になっていく。他の人と比べずともよいし熱中できる。幼児から高齢者まで、手の力が弱くてもOK、握力も年齢も問わず粘土は受け入れてくれます。

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ねんど博士 中川 織江

北海道出身。大学で彫塑を学び、大学院で造形心理学、 京都大学霊長類研究所でチンパンジーの粘土遊びを研究し、博士課程後期修了。
文学博士

職歴は、芹沢銈介(人間国宝)染色工房、デザイン会社勤務を経て、複数の専門学校・大学・大学院で講師、客員教授として幼児造形や心理学を担当。また、10年以上、全国教育美術展の全国審査員をつとめる。同時に、粘土遊びの魅力と大切さを専門誌に連載。

著書に、一般向けの『粘土遊びの心理学』、専門家向け『粘土造形の心理学的・行動学的研究』がある。ともに風間書房から出版。
現在、幼児の造形作品集の出版をめざして準備中。