連載#15 「子育てしながら」

わたしが子育てしていたころ、園の先生から、「子どもに問題アリ」といわれたことがあります。おいかけて「親の子育てに問題アリ」と烙印が。ハア? 
初めての子なので期待かけすぎ、やりすぎ感はあったものの、いい感じでがんばっていた(と思っていた)。
どこが、何が問題か。具体的にわからない。
先生にうかがってみると、「落ち着きがない」「歩きまわる」「それが目立つ」というのです。「多動」と、ほかにもう1つ、忘れてしまいましたが専門用語を言われました。

わたしは、子どもは歩きまわり走りまわるのが自然。うるさいのは当然。元気第一と信じて育てていましたから、
「落ち着きがない」って?落ち着いている場合じゃないダロウ。落ち着くのは老いてからにせよ。
「歩きまわる」って? 歩きまわれないのは熱があるか腹イタだ。医者に連れて行こうか。
「目立つ」のがなぜ問題? 目立つのはいいことじゃないか、自分を表現できている証拠だから、ほめてあげたい。

とはいえ子育てのプロからのご指摘です。新米ママだったわたしは、混乱してしまう。頑張っているぶんだけ落ち込み、不安につつまれ、自信喪失していきました。

ちょうどそのころ、家族ぐるみで親しくさせていただいていた、ベテランのおじいちゃん先生に、悩みと不安を打ち明けました。おじいちゃん先生は、しばらくだまって考えておられましたが、
「多動は、心配ないよ」
「動物園に行って、トラを見たら、となりの檻のライオンも、そのとなりのペンギンも、そのまたとなりのゾウも、バクも、次々に走って見に行きたくなるでしょう」
「それと同じです。1つのことに興味を持つと、そのとなりのことにも、そのまたとなりのことも、つぎつぎと、目に入るものすべて興味を持つ。じっとしていられないほど、子どもなりに世界が急激に広がっているときだから、将来が楽しみだ」
「知りたい気持ちにあふれている」
「そのほかは普通なら、問題ないなら、大丈夫」
「枠にはめないで、自由にできる遊びでエネルギーを十分に発散させてあげて」
「時間がたてば落ち着いてきます」。

おじいちゃん先生は、「問題アリ」対策で、つぎのようにアドバイスをしてくれました。
「子どもの目を見て、ゆっくり、やさしく言うと、通じます。子どもはわかるものです。
先生がお話ししているあいだは、先生のお話をきこう、イスに腰かけていようね。あとで遊ぼうね。ここではじっとしていて。走らないでね」
「して良い場所/いけない場所。して良いこと/いけないこと。して良い時/いけない時。その区別をかんでふくめるように教える。教育するのです」。
「そのつど粘り強く、忍耐強く、やさしく言いなさい」
「親は子どもを育てますが、子どもも親を育てています。育ちあいです」
ベテランおじいちゃん先生の言葉を聞いて、うんと気が楽になりました。

子どもとはいっしょに「粘土」で遊びました。形にならないグチャグチャの連続でしたが良かった。「粘土遊び」には完成がない、終わりがない、だから良い、すきなだけ、気がすむまで遊んでいることができました。いっしょの場でやること、同じ目線でいることができたと思います。
粘土をこねていると、自分の心までマッサージをしているようで、柔らかくほぐれてきます。

「粘土遊び」も良いが「お絵かき」も良い。粘土は立体で、絵は平面。土粘土は「土色」だが、絵はカラフル。粘土は「手」を使うが、お絵かきは「クレヨン」を使う。どちらも、子どもが気持ちを自由に表現できる「造形遊び」の代表です。

ある日、「お絵かきをする?」「ウン」。子どもはさかんに手を動かしていましたが、できあがったのは、なんと「お母さんが目をつぶっている」絵でした。
一目瞭然。その心は「お母さんはうるさい、黙っていてちょうだい」です。
念のため臨床心理の専門家にうかがってみると「そのとおり」「お母さん、静かに見守っていてくださいね」。

叱りたい気持ちをグッとおさえる。一言少なく。でも言いたい、そこを止める。気持ちや感情をコントロールするのは大変です。わたしは「がまんする」心を、子育てによって身につけることができたと思っています。

今や、その子どもが子育てまっさい中。「ッたく、子どもは制御不能だ」といいながら試行錯誤しているすがたを横目に、わたしは笑いをこらえつつ、「制御不能? 車じゃあるまし」と心の中でツッコミを入れながら、ゆうゆうとコラムを書いています。

下の写真は、4歳児が「手紙がいっぱい入る、丸々としたポスト」つくっている最中です。
粘土遊びで「自由にしていいですよ」と言ったとき、
「お手紙を入れるために、まずポストをつくらなくちゃ」と、両指で、手紙を入れる穴をぐいぐいあけていきました。
人とつながっている気持ちが生き生きと伝わってくるではありませんか。


わたしは「子どもは元気に粘土遊びができるなら問題ナシ」と思っています。粘土遊びが「大地のエネルギーを吸い上げる」時間だからです。

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ねんど博士 中川 織江

北海道出身。大学で彫塑を学び、大学院で造形心理学、 京都大学霊長類研究所でチンパンジーの粘土遊びを研究し、博士課程後期修了。
文学博士

職歴は、芹沢銈介(人間国宝)染色工房、デザイン会社勤務を経て、複数の専門学校・大学・大学院で講師、客員教授として幼児造形や心理学を担当。また、10年以上、全国教育美術展の全国審査員をつとめる。同時に、粘土遊びの魅力と大切さを専門誌に連載。

著書に、一般向けの『粘土遊びの心理学』、専門家向け『粘土造形の心理学的・行動学的研究』がある。ともに風間書房から出版。
現在、幼児の造形作品集の出版をめざして準備中。