連載#8 粘土遊びの発達「活発な触覚遊び」

思い通りに粘土を変形させられることを知った子どもたち。いよいよ活発にダイナミックにかかわります。教室内でも、粘土を水道の蛇口のところへ持っていって水をかける子がいるもので、粘土は石けんのようにツルツルになる。 “粘土パック” 美容法があるくらいですから滑らかでとても気持ち良い。子どもたちは体をこすって、はしゃいで、大いに盛り上がります。

そのようすを見て、わたしは、夏の間中、思いっきり水と粘土で遊ばせたいとプランを立てました。そのあとはプールの時間にすれば、粘土まみれになった体も水浴びしながらきれいになる。先生たちが全員協力してくださり、保育園のテラスで、クラスごとに合計100人近い園児たちが、水を使ってもいい条件で粘土遊びをすることになりました。

さて当日、「ワーおもしろい」と、最初は石鹸にみたてた粘土で背中をこすりあっている程度でしたが、やがて、あちこちですってんころりんの状態になり、最後はてんやわんやの大騒ぎに。そのときに撮った大量の写真を見るたびに、今も子どもの歓声が聞こえてくるようで元気が湧いてきます。これは反省点ですが、水を加えた粘土は思った以上に滑らかで、立ち上がりざまにすべって転んでしまう可能性が高い。子どもの体に危険なので、この年だけで止めました。今は前もって「粘土遊び中は水を使うのは止めようね。遊び終わったら十分に手や足を洗ってね」と約束してからスタートさせます。

じつは続きがあります。次の年の夏、わたしは「土」に水を加えて遊ぶプランに変更しました。「土」は粒子が大きくてきめが荒くザラザラして滑りにくい。後日コラムに書く予定ですが、結果だけいうと数段大じかけで豪快になりました。

大泣きしている幼子がパパやママの胸に抱かれると安心して泣き止む、お気に入りのタオルケットをかけてもらうとスヤスヤ眠る。大人も着ると安心できるお気に入りの服があります。好きな人や物に抱かれ、包まれる触感覚は「安心」の象徴です。

粘土遊びでも、「自分の体をくるむ」ようすがよく観察できます。粘土片を手や腕にペタペタはりつけ手袋のようにする。体に巻きつけてうれしそう。長靴をはくように、粘土のかたまりに足をぐいぐい突っこんで「ヒンヤリして気持ちがいい」というなど、こういう触覚遊びは「可塑的な粘土」素材だからできることで、たっぷり味わってほしいと願っています。

友人の心理学者が、親子の愛着/安心度を調べようと研究を始めました。親子でいっしょに遊ぶとき、固いプラスチック製のおもちゃより、柔らかい粘土のほうが長時間、安定して遊ぶことができて満足できると熱く話してくれました。いっぽうで「量も形も自由になる粘土の分析方法が難しい」と嘆きます。わたしは、「分からなくなったら粘土をこねて。こねながら粘土に質問する。応答的な素材だから粘土は答えてくれる、ヒントを思いつくはず。わたしはそうしてきたわ」と答えました。きっと良い解決法が見つかると信じています。

 幼児期に自然の中で遊ぶ、土に触れる体験は貴重です。粘土遊びをしているすがたを見るたび、今、「土の力」が体の中にしみていっていると感じます。かれらが大人になったとき、困難にぶつかったとき、幼き日の「土の力」、大地の力が体の中から立ち上がって頑張る力、乗り越える力になると信じています。

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ねんど博士 中川 織江

北海道出身。大学で彫塑を学び、大学院で造形心理学、 京都大学霊長類研究所でチンパンジーの粘土遊びを研究し、博士課程後期修了。
文学博士

職歴は、芹沢銈介(人間国宝)染色工房、デザイン会社勤務を経て、複数の専門学校・大学・大学院で講師、客員教授として幼児造形や心理学を担当。また、10年以上、全国教育美術展の全国審査員をつとめる。同時に、粘土遊びの魅力と大切さを専門誌に連載。

著書に、一般向けの『粘土遊びの心理学』、専門家向け『粘土造形の心理学的・行動学的研究』がある。ともに風間書房から出版。
現在、幼児の造形作品集の出版をめざして準備中。