チンパンジーに粘土遊びをさせたのは世界初で、これからも、そんなことをする人は現れないと思うので、続けてお話しします。
「こんはずではなかった」
チンパンジーがパッと粘土に触ってくれると予想したのは大間違いでした。粘土を近づけると跳びあがって逃げたり、及び腰で鼻をつきだして臭いをかいだり、さわりかけてアワワ……と体を震わせたり。あまりにも意外な反応にもうぜんとやる気が湧いて、わたしは毎月、チンパンジーに粘土遊びをさせることになりました。
予想が外れたことがラッキーでした。予想通りだったら1回で終わっていたにちがいありませんから。
チンパンジーも人間と同じで好き嫌い、向き不向きがあります。
粘土に慣れるにしたがって個性が出てきます。
あるチンパンジーは、同じ大きさにゆっくり粘土をちぎり、ちぎり終えたところで、ノルマを果たしたといわんばかりに大あくびを連発、あとはやる気なし。
別のチンパンジーは、床の上で転がして円柱状の粘土棒をつくったり、両手の平でコロコロころがし粘土ダンゴをつくったりします。
要領の良いチンパンジーもいます。自分ではいっさい触らずに、先生の手をつかんで、“ほい、粘土を持って、つくってちょうだい”というように顎をしゃくったり、“それで良し”とうなずいてニッコリ(真っ白い歯を見せる)したりする。
「すばらしい」
半年たった頃、ペンデーサという女性のチンパンジーが、世界で初めて、粘土で「器」をつくりました。
その日。床にすわっているペンデーサ嬢の前に、1キログラム量の粘土を置くと、彼女は右足でグイッと押しました。粘土がかかとの形に凹みました。その凹形が気に入ったのか、彼女は両手で持ちあげてながめ、フチをつくりました。それを床にいったん置いて、右手でべつの粘土片を転がしてバナナの形にしました。
つぎに、まわりに散らばっている粘土片で大小のお団子をいくつもつくりました。小さいものはナッツかレーズンのように見えます。それらは彼女が食べる食事メニューにいつも入っています。
そして、彼女は、凹形に、小さい粘土ダンゴを指でつまんで何度も出したり入れたりしました。凹形粘土を「器」に、粘土ダンゴを「ナッツやレーズンの食べ物」に見立てているのは明らかです。はっきり意図を持っています。
「ペンデーサの性格」
ペンデーサ嬢は穏やかで、子育てが上手。自分では子どもを生んでいないが、他の子どものチンパンジーの面倒をよく見るし、子どもたちもなついている。保育園のおばさんのようです。
他にも優れた才能を発揮しているにちがいないと思ったら、他はあまり芳しくないという。
ペンデーサ嬢は美術系チンパンジーだ。でもお絵かきはあまりうまくない。
唯一、立体粘土で器をつくった「彫刻家で陶芸家」のペンデーサ嬢。わたしにとって、どのチンパンジーよりも彼女が一番エライ。