連載#20 「世界初、器をつくったチンパンジー」

チンパンジーに粘土遊びをさせたのは世界初で、これからも、そんなことをする人は現れないと思うので、続けてお話しします。

「こんはずではなかった」
チンパンジーがパッと粘土に触ってくれると予想したのは大間違いでした。粘土を近づけると跳びあがって逃げたり、及び腰で鼻をつきだして臭いをかいだり、さわりかけてアワワ……と体を震わせたり。あまりにも意外な反応にもうぜんとやる気が湧いて、わたしは毎月、チンパンジーに粘土遊びをさせることになりました。
予想が外れたことがラッキーでした。予想通りだったら1回で終わっていたにちがいありませんから。

チンパンジーも人間と同じで好き嫌い、向き不向きがあります。
粘土に慣れるにしたがって個性が出てきます。
あるチンパンジーは、同じ大きさにゆっくり粘土をちぎり、ちぎり終えたところで、ノルマを果たしたといわんばかりに大あくびを連発、あとはやる気なし。
別のチンパンジーは、床の上で転がして円柱状の粘土棒をつくったり、両手の平でコロコロころがし粘土ダンゴをつくったりします。
要領の良いチンパンジーもいます。自分ではいっさい触らずに、先生の手をつかんで、“ほい、粘土を持って、つくってちょうだい”というように顎をしゃくったり、“それで良し”とうなずいてニッコリ(真っ白い歯を見せる)したりする。

「すばらしい」
半年たった頃、ペンデーサという女性のチンパンジーが、世界で初めて、粘土で「器」をつくりました。
その日。床にすわっているペンデーサ嬢の前に、1キログラム量の粘土を置くと、彼女は右足でグイッと押しました。粘土がかかとの形に凹みました。その凹形が気に入ったのか、彼女は両手で持ちあげてながめ、フチをつくりました。それを床にいったん置いて、右手でべつの粘土片を転がしてバナナの形にしました。
つぎに、まわりに散らばっている粘土片で大小のお団子をいくつもつくりました。小さいものはナッツかレーズンのように見えます。それらは彼女が食べる食事メニューにいつも入っています。
そして、彼女は、凹形に、小さい粘土ダンゴを指でつまんで何度も出したり入れたりしました。凹形粘土を「器」に、粘土ダンゴを「ナッツやレーズンの食べ物」に見立てているのは明らかです。はっきり意図を持っています。

「ペンデーサの性格」
ペンデーサ嬢は穏やかで、子育てが上手。自分では子どもを生んでいないが、他の子どものチンパンジーの面倒をよく見るし、子どもたちもなついている。保育園のおばさんのようです。
他にも優れた才能を発揮しているにちがいないと思ったら、他はあまり芳しくないという。
ペンデーサ嬢は美術系チンパンジーだ。でもお絵かきはあまりうまくない。
唯一、立体粘土で器をつくった「彫刻家で陶芸家」のペンデーサ嬢。わたしにとって、どのチンパンジーよりも彼女が一番エライ。

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ねんど博士 中川 織江

北海道出身。大学で彫塑を学び、大学院で造形心理学、 京都大学霊長類研究所でチンパンジーの粘土遊びを研究し、博士課程後期修了。
文学博士

職歴は、芹沢銈介(人間国宝)染色工房、デザイン会社勤務を経て、複数の専門学校・大学・大学院で講師、客員教授として幼児造形や心理学を担当。また、10年以上、全国教育美術展の全国審査員をつとめる。同時に、粘土遊びの魅力と大切さを専門誌に連載。

著書に、一般向けの『粘土遊びの心理学』、専門家向け『粘土造形の心理学的・行動学的研究』がある。ともに風間書房から出版。
現在、幼児の造形作品集の出版をめざして準備中。