連載#13 子どもの「粘土作品」は消えてしまう運命

変わった質問と思われるかもしれませんが、みなさんは「子どもの粘土作品」を見たことがあるでしょうか? おそらく皆無ではないでしょうか。(ここでの「粘土」は「土の粘土」のことです)。

あなたは「子どもの粘土作品」を見たことがない

つくりたての粘土作品は柔らかく形が崩れやすい。それにつみ重ねることもできませんから置く場所が必要です。置いて飾ったとしても、時間とともに粘土の水分がぬけて乾いて固くなり、作品の一部がはがれたり欠けたり取れたり……とてもわかりやすい物理的な理由で、子どもの粘土作品はこわれてバラバラになってしまう。これでは飾っても仕方がないと片づけられて、無くなってしまいます。

粘土研究を始めたころは、そう思いませんでした。広い日本のどこかに「子どもの粘土作品」が大量にあるはずと楽観していました。ところがあちこちへ問い合わせるたびに「ありません、残っていません」の返事ばかり。しかし、ついに兵庫教育大学の一室の棚に並べて保存されているという朗報が入りました。大喜びして、カメラの準備をした訪問直前に、阪神・淡路大震災が発生。棚の中のものはすべてこわれ砕けてしまい、「子どもの粘土作品」はとうとうこの世から消えてしまいました。

粘土作品が消えてしまう理由

子どもの造形遊びを理解するためには、「平面造形」の絵を見て、「立体造形」の粘土作品を見て、両方を比較することが必要です。絵を描く紙は「平面」なので何百枚、何千枚でも重ねることができて保管場所も取らないし何百年間も保存できます。
ところが粘土作品は、1つずつ立体の形がちがうので重ねることができません。広い保管スペースが必要なのに、作品はいつか風化し、大地へ帰ってしまう運命にあります。まして幼児の作品はパッと見ただけでは何をつくったかよくわからない、幼稚だと放置されて、ひびが入って割れて土に帰ってしまう。
これが「子どもの絵はたくさん残されていても、粘土作品は残されていない」理由です。

兵庫教育大学の先生は、そのことをよく知っておられた。だから教室の戸棚の中に大切に飾って保管しておいてくださった。だが、間に合わなかった。

運命をくつがえす

大地震にも耐えて、次の世代へ残すためにどうしたらよいか?
粘土作品を正確に記録して、資料として残しておこう!
それが役目と考えたわたくしは、プロのカメラマンに作品撮影を依頼し、毎回、東京の園でおこなう粘土遊び実験に同行してもらうことにしました。
小学校や大学、各種学校、東京以外の園でおこなうときは自分で撮影することにしました。以来撮りためて膨大な量の写真資料になりました。

わたくしにとっての「作品」

上手にできたものだけが「作品」ではありません。グチャグチャの形でも足で踏んだだけの状態でも、粘土遊びの結果はすべて大切な「作品」です。全作品を1つも省略しないで撮影する、公平に記録することにこだわりました。そこに意味と価値があります。

コラム掲載の文章及び画像の無断転載及び商用利用を禁じます。

ねんど博士 中川 織江

北海道出身。大学で彫塑を学び、大学院で造形心理学、 京都大学霊長類研究所でチンパンジーの粘土遊びを研究し、博士課程後期修了。
文学博士

職歴は、芹沢銈介(人間国宝)染色工房、デザイン会社勤務を経て、複数の専門学校・大学・大学院で講師、客員教授として幼児造形や心理学を担当。また、10年以上、全国教育美術展の全国審査員をつとめる。同時に、粘土遊びの魅力と大切さを専門誌に連載。

著書に、一般向けの『粘土遊びの心理学』、専門家向け『粘土造形の心理学的・行動学的研究』がある。ともに風間書房から出版。
現在、幼児の造形作品集の出版をめざして準備中。